IE9ピン留め
朱海(仮名)は消滅しました。
再生の見込はございません。
綺麗サッパリ忘れて下さい。


























エイプリルフールに嘘を吐こうと思い、考え出たことはこんなレベル。いつぞやにあった志●けん死亡説みたいに何処まで伝わるかななんて。…嗚呼、自分が下らな過ぎて死にそう(寧ろ切腹)。誰が悲しむわけではないだろうから、昨日までの私は死んだと思って頑張ろう。下らないことは全て忘れよう。だいぶ前から将来に絶対的な希望は持たないことにしているけど。

また四月が来た。春は嫌い。花粉症デビューしたようだから余計に憂鬱。
# by red_sea | 2005-04-01 23:59
選んだ道

私が選んだ道は、貴方が選ばなかった道。
貴方が選んだ道は、私が選ばなかった道。
貶さないで。羨まないで。
# by red_sea | 2005-03-04 02:25 | 言葉を巡る言葉
世界は腐っている

世の中のしくみにも、人間のしくみにも、詳しくないけど、
世の中に適応できない人は、純粋な人なのではないかとふと思う。
人間が腐っていると言われる私は、適応しようともしないけど。
# by red_sea | 2005-02-24 02:28 | 言葉を巡る言葉
尊敬

口だけでない人は格好良い。
# by red_sea | 2005-02-12 23:59 | 言葉を巡る言葉
不安
 来年4月の身の振り方は割と決まったけど、不器用な私が全てこなせるかが不安になってきました。走り過ぎないようにしなければ。割り切りも必要よね。ますます負け犬に近付いてきましたよ。まあ戦争放棄してますが。犬より猫が良いな。
 大学で只今デザイン展(卒展+3年)をやっています。まだひよっこの私は出展してませんがなかなか楽しいので興味のある方バレンタインのデートにでもどうぞ。もちろん相手がいなければ付き合いますので連絡を(笑)。明日(日)までです。

# by red_sea | 2005-02-12 22:50
直ったみたい。
 いや、直したのですが、悶々と考えた割には簡単でした。IME98を再インストール→IME2000をインストールで元通り。いきなりIME2000やIMEの修正パッチはいけなかったらしい。新しいPCもいい加減手に入れなければ…。
 ぼちぼち過去の話題も今更ながら更新していきます。

 あと凄い個人的な話題ですが、身近でスガシカオ好きな人いますでしょうか。友人がライブ行けなくなったためチケットを買ってくれる人探しているらしいですよ。
# by red_sea | 2005-02-10 14:06 | 日乘
伝えることの放棄

私は言葉を取り戻すんだ。

 小さい頃に私が「かく」ことが好きというのをわかってかどうか、いらっしゃる度に日記帳や手帳とか何か「かく」ものを下さった方がいた。その方が亡くなったそうです。ご冥福をお祈り致します。
 最近、日々、気づいたこと、思いついたこと、考えたことを書く媒体(ノート)を探していて、その方が下さった日記帳と具合が悪いと聞いていたその方を思い出したばかり。しかも亡くなった時間あたりに。今日、その話を聞いてびっくりした。霊とか死後の世界とかそういう類のものは信じないけど、虫の知らせというか…そういうものがあるのかしらね。
 その方が下さった日記帳をつけ始めたのは、高校受験の時。最後の日付は10代の終わった辺り。勿論、私の性格からして気が向いたときにしか書いていないし、文を書くことにもともとエネルギーはないので、ほとんど埋まっていない。でも、行き場のない感情が救われた気がした。其れと同時進行で言葉が持つ効力を恐れた。私の言葉がインターネットに移行していき、本音は抽象的にしか書かなくなった。毎日描いていた絵も描けなくなった。日記のことも忘れていた。人に伝えることも、自分の感情を認めることも忘れていた。
 私は伝えなければならない。そのためには、もっと言葉を知らなければならない。
# by red_sea | 2005-02-10 02:41 | 言葉を巡る言葉
もう何とでも言って頂戴。

PC(激古)がいよいよ調子が悪く、日本語入力が出来ない為、勤務先でPCを借りている次第。メールは見られても、返事は英語…否、ローマ字でしか返せないのでよろしく(笑)

MAJOLICA MAJORCA
新作を見つつ、買ったのは前から欲しかった色のリップ。
# by red_sea | 2005-02-07 19:13 | 日乘
マルセル・デュシャンと20世紀の美術展 @ 横浜美術館
デュシャンの芸術は誰にでも真似できる。便器を持ってきて、誰かのサインを書けばいい。でも、誰にも真似できない。こんな無意味なもの(けなしているんじゃないよ)を「作れる」のはきっとその前に時間を表現し得た彼しかいないのかもしれない。
どうやら彼は、創作や自分自身に対する切迫感や使命感はなかったらしい。きっとそれは、芸術に意味を求めないようにしているからだと思った。「芸術とは生きること」と言っているように、それは人生に意味を求めるのと同じで、そこに意味があることを求めてはいけない気がする。自分が意味を付着させるものなのだ。

展示方法としては、作品同士を比較する企画で観る人が作品考えるきっかけにしようと試みている。個々の作品自体のキャプションはない。途中にどっとパネルにしてあるだけで。デュシャンには必要ないのかもしれない。
比較をしてみて私が思ったことも書きたいけど、ここに公表するのも違う気もするので、書かないでおきます。長くなるから、時間がかかるからっていうのもあるのだけど…(^^;ゞ気になる人は現場でまずはご自身で感じてみて下され。

http://www.yma.city.yokohama.jp/kikaku/duchamp/index.html

←何か撮らないといけないような気がして撮ってしまった。
いつもと違うのは、いつもなら観覧車が切りの良い時間(写真は19時前)にばあっと花火みたいに電飾が光るのだけど、写真の通り、緑色のままで光らなかった。省エネ?「19時になると凄いよ」と言ったくせ何も起こらなかった為、連れの子が怒っていた。恋人に応用したい人(そんな人いるかよ)、気を付けて★
# by red_sea | 2005-02-05 20:51 | 展覽會
物事
良いことも、悪いことも、来るときは、一気に降りかかってくるんだな。
# by red_sea | 2005-02-03 21:00 | 日乘


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